嶋崎ではいつも同じ台で球を撞いていた
階段上がってUターンし、どんつき窓際の台
華台の対角です(のち華台の隣に行けるようになった)
その台の壁には色んな所で優勝された選手の賞状が飾られている
あき姉(梶谷P)のもあった
その中に「利川秋雲」の名も
本当は章雲なんだけど、当時の賞状には秋雲で記載されていましたね、何故か
いつも見上げるとそこにある、それが利川P
当時日本でもブッチブチ、ただその下の世代「高橋P&川端P」の登場で誰が最強や?
ってのは常連さんの酒の肴でもありました。
名前だけは知っている会った事が無い、んじゃ会いに行きますか!と行ったのが
日曜の午後に行ったら「日曜は早じまいだけどいい?」って聞かれたのが利川P
youtubeや本で見た利川さんが目の前におるよ!
感動的だわ
で、一人で撞いていたら「どこかで?」って聞かれました。
『昔、嶋崎で撞いてまして、20数年ぶりに復帰して撞き始めました』と申告
「ほな、僕分かる?」
『あたりまえやないですか!だからこそ今日ここに来ました!』と素直に述べる
当時の話をしてその日はcueを納めた
色々あって第一線からは引いておられますが、是非とも復帰して欲しいです!

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