1996年10月16日水曜日

初めての対外試合 山翠会 菱屋西キャロム

 「試合出てみるか?」

そう言われたのはそろそろ夏も終わり、秋の風が吹くころだった

「もう1年球撞いたしそろそろええやろ」と嶋崎先生

東大阪や生野の球屋が集まって月例会があった、それが山翠会

BCだったかCだった忘れたが、50人ぐらいいて2先の9ボール

シングルだった気がする

初めての試合で手がプルプル震えて、ナインボールをガコガコ言わせて・・・

サクッと負けました

場所は近大の近く、ビリヲカ情報で見ると「キャロム」ってお店

当時は違う名前だったかも

今はダイソーになってる

準地元なので地図で間違う事は無い

「キャロム」 東大阪市菱屋西1-23-33 閉店済


帰りの車内で先生に「どうやった?」と聞かれて

『めっちゃ緊張しました。そやけど一球撞く度に痺れましたわ』というとニッコリ

お店に帰った後、外した9を100球位練習したのだけ覚えている・・・


日時は推定です
記事を書いたのはR7/2/25



1996年6月25日火曜日

初めて嶋崎以外の店に行く桜本ビリヤード

 夏前のジメジメした頃だった

S君から誘われて「桜本ビリヤード」に行った

マンションかビルの階段を上ると3台ぐらいあったかな

到着するも店主はいない

ドアも閉まっている

暫く待ちぼうけしていると気難しそうな初老男性が来る

「先生、こんばんは」

S君が挨拶する

「うむ」「ああ」か忘れたが小さく返事したあと店に招き入れてくれた

早速撞き始めると「君、どこで玉撞いているんや?」

『嶋崎です』

「なるほどな。和子さんに教わってるのか?」

『はい』

「そうか、そうか」

この日の会話はこれだけ

後日S君に聞いたところ、撞き方が和子さんに教わった感が強いって言ってた

それが良いのか悪いのか分からないけど、自分は教えられた事が出来ていたと満足だった

本当の答えはこの時点で分からんのですけど

行ったのは結局この1回だけ

何故かS君が僕を誘ってくる事は無かった

必ず嶋崎に来るようになった

何が有ったのかは後日知る事となる


桜本ビリヤード 東大阪市小阪1-13-12 閉店済

マップで見ると今は教会になっている模様

過去はもう分からない

ご夫妻の写真が雑誌の記事であった

キューショップジャパンのノダブロさんの四方山話に・・・

https://www.csjblog.com/yomoyama/post-1723/

奥さまには30年の時を経て会いました

1996年の夏前
日付は定かじゃない
記事を書いたのはR7/2/25





1996年4月1日月曜日

プロがいるビリヤード場に初めて行った日の話 3

前回の続き

年明け信号無視の車につっこまれた

助手席に乗っていたのだが、助手席側にドカンと

頑丈なレガシーで良かったよ

で・・・慰謝料貰って初めてのキューを買った訳だ

週末、マイキューの話をしていたらママさんが

「どうこれ?」と見せてくれた

一本は三木のマジェスティカ、もう一本は本ハギの台湾サウス

悩んでいるとS君が「あ、俺これ、黒がカッコイイ」とマジェを手に取ってしまった

で、台湾サウスが残ったのでそちらを購入

シャフトが2本付いていたのでキューケースも買った

その時に「自分のって分かるようにキーホルダー付けとき」とキーホルダーを見せてくれた

それが梶谷景美プロ、店ではアキ姉って呼んでた

『ん~何番にしよかなぁ?』って悩んでたら

「あんたは8番がええ」と即決定

何故8番なのか、30年経った今でも謎である

嶋崎ご夫妻、梶谷P、そこに麻雀しにくるナンバーワンの横田Pと嶋崎では凄い人を見ていた

が、相変わらず自分球はヘッポコであった


*三木の事を「最近できたメーカー」と言っていた

*自分の台湾サウスは和子ママの普段使いと同じ物であった

*アキ姉が選んでくれたキーホルダーは現在もあるというか、キューケースもある