1995年12月20日水曜日

プロがいるビリヤード場に初めて行った日の話 2

 嶋崎と言えば、知る人ぞ知る「ジャパン」のツワモノが集う店

当時そんな事も知らず、週末になると毎週友人と球を撞く

自分たちが数時間撞いて帰る頃に何やらワラワラと人が増え・・・

何かをやりとりしながら球を撞いているよ!(お察しください)

なんだか大人の世界を垣間見た、いや見てはいけない事を見たそんな感じ

球の方はさっぱりだったが、面倒見のよいママさん(故・嶋崎和子さん)の指導で

それなりに球は撞けるようになっていた

とはいえ、C級レベルで捻るとか無い、自然発生ヒネリならしょっちゅうだよ!状態

そんな折、友人がメキメキ上手くなる

あれ?なんでやろ?9ボールやったらほぼ全部負けるぞ?

週一で一緒に来てたよね?

なんかニヤニヤしながら

「俺、会社終わりに近所の店行ってんねん」

『なんやてー!』

S君は会社の近くにあった「桜本ビリヤード」で特訓をしていたのであった

以後、僕もコソ練の為、平日も30分でも1時間でもと球を撞くようになった

これが1995年の年末の話

年明け早々に交通事故に遭い、その慰謝料でキューを買ったのでそれくらいの話

この桜本に行った事がS君の球人生に於いて残念な事になるとは当時知る由もなく


ビリヲカさんからお借りしました。左が和子さん右は説明いらないよね?



1995年7月1日土曜日

プロがいるビリヤード場に初めて行った日の話 1

 ハスラー2(CoM)の映画大ヒットで連日ビリヤード場は大盛況

1980年代終わりごろの話

どこにでも「プールバー」なるものが乱立

それでも球撞くのに2時間3時間と待って撞いていた

押し玉引き球、何それ?ジャンプはすくってピョンやろ?

そんな時代から数年後、ビリヤードブームも去り自分は社会人に

週末になると友人が遊びに来て彼の車で市内徘徊

ある夜、「玉突」と書かれた看板を発見、これが名店「嶋崎」との出会いである

恐る恐る扉を開ける

いきなりの階段である

これは危ないんじゃないか?怖い人ばっかりいたらどうしよう?

とりあえず財布は車に置いて、友人を待たせてもう一度階段を上る

店の奥の麻雀台から中年男性がやってくる、球撞きなのにジャン卓・・・

店内なのにサングラス・・・ヒゲにパンチパーマである

「ああ、俺終わったな」

すると「いらっしゃい」と優しい声で話しかけてくれる

これが先生(嶋崎プロ)との出会いであった

車で来ている旨を伝えると、駐車場があるのでそこに入れなさいと言われる

止めに行くと横にベンツ

「あ、私のです」と先生

1995年の夏の日であった


*初めてみた先生は薄手の白黒チェックのシャツだったので夏ごろ

*友人が震災のあった年に車を乗り換えたので間違いない

*月末に貰った給料が財布にばっちり入っていたので7/1だろうと思う


記事を書いたのはR7/2/25